東京地方裁判所八王子支部 平成6年(ワ)2415号 判決 1998年8月28日
原告
山口鈴子
被告
大須賀律子
ほか二名
主文
一 被告大須賀律子及び被告大須賀金雄は原告に対し、各自金五九七万三三一五円及びこれに対する平成四年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告大東京火災海上保険株式会社は、被告大須賀金雄に対する判決が確定したときは、原告に対し、金五九七万三三一五円及びこれに対する右判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
五 この判決は第一、二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告大須賀律子及び被告大須賀金雄は原告に対し、各自金二〇八一万五七九〇円及びこれに対する平成四年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告大東京火災海上保険株式会社は、被告大須賀金雄に対する判決が確定したときは、原告に対し、金二〇八一万五七九〇円及びこれに対する右判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 原告の主張(1の(一)ないし(四)、3の(三)、5は争いがない)
1 事故の発生
原告は、左記交通事故(以下「本件事故」という)により負傷した。
(一) 日時 平成四年六月一三日午後四時五五分ころ
(二) 場所 東京都福生市本町一三〇番地先路上
(三) 被害車両 原告運転車両
(四) 加害車両 被告律子運転車両
(五) 態様 被告律子運転車両進行方向前方には一時停止標識があったのであるから、被告律子はいったん停止して前方左右の安全を確認して交差点に進入すべきであったのに、被告律子は右義務を怠り、いったん停止せず、左右の安全確認もせず、減速することもなく漫然交差点に進入したため、すでに被告律子運転車両の右方から交差点に進入していた原告車両の左側面に衝突した。
2 原告の傷害と治療経過
原告は、本件事故により頸椎捻挫、頸部、肘部、腕関節、膝部の各挫傷、各挫創を負い、平成四年六月一三日、同月一四日山口外科医院で、同月一五日から平成五年六月二九日まで西村医院で(実治療日数二九〇日)、同月二四日から平成六年二月一七日まで国立療養所村山病院で(実治療日数九六日)治療を受け、同日症状が固定したが、顔のしびれ感、両上肢の筋力低下及びしびれ感の後遺症が残った。
3 被告らの責任
(一) 被告律子は、進行方向前方の交差点手前に一時停止標識があったのであるから、停止線においていったん停止して前方左右の安全を確認して交差点に進入すべきであったのに、被告律子は右義務を怠り、いったん停止せず、左右の安全確認もせず、減速することもなく漫然交差点に進入したため、すでに被告律子運転車両の右方から交差点に進入していた原告車両の左側面に衝突したもので、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。
(二) 被告金雄は被告律子運転車両の保有者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。
(三) 被告金雄は被告会社との間で、被告金雄を記名被保険者、加害車両を被保険自動車とし、被告金雄が加害車両の所有使用管理に起因して他人の生命身体を害することにより負う損害賠償責任について被告会社が保険金を支払う旨の対人賠償責任条項を含む自家用自動車総合保険契約を自家用自動車総合保険約款によって締結している。右約款によれば、被告会社は被保険者と損害賠償請求者との間で損害賠償額が確定したときは、その損害賠償額を損害賠償請求者に支払うものとされている。したがって、被告会社は、原告と被告金雄との間で損害賠償額が確定することを条件にその損害賠償を原告に支払う義務がある。
4 損害
(一) 治療費 一五万二五三〇円
(二) 通院交通費 三九万六二一〇円
(三) 付添費 一八三万五七〇〇円
平成四年六月一四日から平成五年一月一〇日まで家政婦に支払った賃金一日八四六〇円及び交通費一日二四〇円の二一一日分
(四) 休業損害 七九一万一八四五円
平成四年六月一三日から平成六年二月一七日までの六一五日間につき、一か月三九万一三〇四円の割合による逸失利益
(五) 通院慰謝料 一一七万円
(六) 後遺症による逸失利益 五八二万六五八五円
原告の後遺症は自賠法の後遺障害等級一二級に該当するので、月収を三九万一三〇四円とし、一二年間(ライプニッツ係数八・八六三二)の労働能力喪失率を一四パーセントとして計算した逸失利益
(七) 後遺障害慰謝料 二四〇万円
(八) 弁護士費用 二六〇万円
(九) 合計 二二二九万二八七〇円
5 被告らの既払金 一四七万七〇八〇円
6 よって、原告は被告律子及び被告金雄に対しては民法七〇九条又は自賠法三条に基づき、被告会社に対しては保険契約に基づき、「第一 請求」記載のとおりの判決を求める。
二 被告らの主張
1 本件事故の発生については、原告にも交差点を通過するに際し、左右の安全確認を怠った過失があるので、損害賠償額の算定に当たり過失相殺をすべきである。
2 原告が本件事故で被った頸椎捻挫は極めて軽度なものであり、事故後三ないし四週間でほぼ消失する程度であった。治療が長期化したのは頸部椎間板症、後縦靭帯骨化症及び第五~第六頸椎椎間孔の狭小化という既存疾患又は原告の心因的要因によるものである。
第三判断
一 甲第一号証、第二号証の一ないし八、第二二、第二三号証、原告及び被告大須賀律子各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、被告律子は平成四年六月一三日午後四時五五分ころ、東京都福生市本町一三〇番地先路上を、被告金雄の保有する普通乗用自動車を運転して青梅線線路方面から新奥多摩街道方面に向けて進行中、交差点手前にあった一時停止の標識に従って交差点手前の停止線でいったん停止し、前方左右の安全を確認して交差点に進入すべき注意義務があったのに、これを怠り、交差点手前で一時停止せず、前方左右の安全確認もせず、漫然交差点に進入したため、右方から右交差点に進入してきた原告運転の普通乗用自動車の前部に自車の右側面を衝突させ、原告に頸椎捻挫等の傷害を負わせたことが認められる。右認定事実によれば、被告律子は民法七〇九条に基づき、被告金雄は自賠法三条に基づき、原告が被った後記損害を賠償する義務がある。また、原告の主張3の(三)(被告会社の責任)は当事者間に争いがない。
二 損害
1 治療費等 一五万二五三〇円
甲第一〇ないし第一八号証、乙第一ないし第五号証及び弁論の全趣旨によれば、原告の主張2の事実、原告は西村医院に診断書料として二万円を支払ったこと、原告は平成五年六月二四日から平成六年二月一七日までの治療費として国立療養所村山病院に一三万二五三〇円を支払ったことが認められる。
2 通院交通費 三九万六二一〇円
甲第一九号証、第二八、第二九号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は西村医院に通院するのに二九万円(一往復に一〇〇〇円を要し、その二九〇日分)、国立療養所村山病院に通院するのに一〇万六二一〇円(平成五年六月二四日はタクシーと公共交通機関を利用して三三一〇円、一六日間は友人に車で送迎してもらったので一往復につき一〇〇〇円を支払い、合計一万六〇〇〇円、残りの七九日間は公共交通機関を利用したので一往復につき一一〇〇円を要し、合計八万六九〇〇円)の交通費を要したことが認められる。
3 付添費 〇円
原告は、平成四年六月一四日から平成五年一月一〇日までの付添費を請求しているけれども、原告は右の期間入院していないこと、付添が医師の指示に基づくものではないこと、原告の症状の程度等から、付添費は本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
4 休業損害 七九一万一八四五円
甲第一〇ないし第一七号証、第二一号証の一ないし六、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故による負傷のため平成四年六月一三日から平成六年二月一七日までの六一五日間就労できなかったこと、原告は本件事故に遭わなければ介護福祉士として一か月に二五万〇九〇四円を、スナック幸で働くことにより一か月一四万〇四〇〇円を得ることができたことが認められるから、原告の休業損害は次の計算式により、頭書の金額となる。
三九万一三〇四円×一二月×六一五日÷三六五日=七九一万一八四五円
5 通院慰謝料 一一七万円
6 後遺症による逸失利益 一七九万〇二〇六円
甲第三ないし第一七号証、第二四、第二五号証、第二六号証の一ないし三、第二七号証、乙第一ないし第五号証、第七号証、第八号証の一ないし四、第九号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故により頸椎捻挫、抹消神経障害の傷害を負い、そのため顔のしびれ感、両上肢の筋力低下及びしびれ感等の後遺障害が残り、軽作業以外は就労困難となり、服する労務が相当な程度に制限されていること、右症状は平成六年二月一七日に固定したこと、原告は本件事故後は手がしびれているため、老人を抱きかかえて風呂に入れるなどの仕事はできず、介護福祉士として十分な仕事ができないことが認められるから、原告の後遺症は自賠法施行令別表一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当すると認めるのが相当である。これに原告の年齢等を考慮すると、原告は症状固定日から三年間は労働能力の一四パーセントを喪失したものと認められるから、年収を四六九万五六四八円、三年間のライプニッツ係数を二・七二三二として計算すると、原告の逸失利益は次のとおり頭書の金額となる。
四六九万五六四八円×〇・一四×二・七二三二=一七九万〇二〇六円
7 後遺症慰謝料 二四〇万円
8 損害額合計 一三八二万〇七九一円
三 過失相殺
前掲各証拠によれば、本件事故現場の交差点は被告律子進行方向も、原告進行方向も幅員二・五メートルの道路が交差する見通しの悪い交差点で、制限速度はいずれも時速三〇キロメートルであること、被告律子進行方向の道路には交差点手前に一時停止の標識と「とまれ」の道路標示があること、被告律子は時速約二〇キロメートルで進行していたが、初めて通る道であったため、この道でよいかどうかを横を向いて同乗者と話しながら運転していたため、交差点手前で一時停止せず、左右の安全確認もしないで、減速しないまま交差点に進入したこと、他方、原告は本件事故現場はよく通る道であり、当時祭りのため道路の端を子供たちが歩いていて、速度が出せなかったため、徐行して交差点に入ったこと、交差点中央で被告律子運転車両の右前部ドアに原告運転車両の前部が衝突したこと、原告は被告律子運転車両と衝突したとき、ドンという感じの衝撃があり、原告の体と首が前後に一回振られたこと、衝突後、原告運転車両はその場に止まり、被告律子運転車両はそのまま進行して交差点を過ぎたあたりで止まったこと、原告は事故現場に警察官が来たとき、気持ちが悪くて吐きそうだったことが認められる。右認定事実によれば、本件事故は交差点における直進車同士の事故で、被告律子は一時停止標識のある場所で一時停止せず、しかも、交差点手前で原告は徐行し、被告律子は減速していないから、原告に過失はなく、過失相殺すべきであるとの被告らの主張は採用できない。
四 既存症による減額
被告らは、原告が本件事故で被った頸椎捻挫は極めて軽度なものであり、事故後三ないし四週間でほぼ消失する程度であった、治療が長期化したのは頸部椎間板症、後縦靭帯骨化症及び第五~第六頸椎椎間孔の狭小化という既存疾患によるものであると主張し、その根拠として、原告が頸部痛を中心とする上肢のしびれ感を訴えたのは事故の一〇日後であること、その後、頸椎捻挫の治療を受けているのに症状が悪化していることを挙げ、原告の症状は外傷以外の原因によるものであると主張する。
しかし、前掲各証拠によれば、原告には頸部椎間板症、後縦靭帯骨化症及び第五~第六頸椎椎間孔の狭小化という既存疾患があったが、本件事故前は発症していず、首や肩の痛みはなかったこと、本件事故後には頸部痛、顔、頸部、右上肢のしびれ感があること、原告は、本件事故当日の平成四年六月一三日に山口外科医院において、右肘と右膝に痛みがある旨訴えていること、原告は、同月一五日の西村医院での初診時に、六月一三日から、車と車でぶつかったことが原因で、頸、右腕疼痛、しびれ、左腕しびれ感、右下肢疼痛があることを訴えていること、西村医院のカルテには、原告が平成四年六月一五日以降頻繁に頭痛、項部痛を訴えていることが記載されていること、同カルテの同年六月二四日、同月二九日、同年七月三日、同月一六日、同月二四日、同年八月二九日、同年九月八日、同月二一日、同月二九日、同年一一月七日、同月一九日、同年一二月二五日、平成五年四月一日、同月一三日、同月二一日には、原告が上肢又は手指のしびれ感を訴えていることが記載されていること(ただし、どこにしびれ感があるか記載されていないものもある)、西村邦康医師作成の平成五年二月九日付け診断書には、原告が平成四年六月一五日来、頭、肩、肘、腕、膝部の痛みと上下肢のしびれ感を訴えていたことが記載されていること、原告は、国立療養所村山病院の初診時にも、ほほから下の顔面がしびれる、右手足がしびれる旨訴えていること、国立療養所村山病院での治療を通じて握力が改善し、肩の動きがよくなるなど西村医院に通っていたころよりは良くなったことが認められる。右認定事実によれば、原告は本件事故の二日後には上肢のしびれ感を訴えていること、原告の症状は国立療養所村山病院での治療を通じて西村医院に通っていたころよりは良くなったことが認められるから、被告らが原告の症状は本件事故によるものではないとする根拠として挙げる事実はいずれも認めることができない。そして、前記認定事実によれば、原告には頸部椎間板症、後縦靭帯骨化症及び第五~第六頸椎椎間孔の狭小化という既存疾患があったが、本件事故前は発症していなかったこと、しかし、本件事故による頸椎捻挫が引き金となって、既存疾患と相まって前記の後遺症を発生させていると解するのが相当である。このように、原告の損害がその既存疾患の存在と相まって発生又は拡大した場合には、加害者に損害の全部を賠償させることは公平を失するから、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項を類推適用して、被害者の疾患を斟酌することができると解されるところ、本件事故前の原告の稼働状況、衝突の態様、衝突時の衝撃の程度、傷害の部位、程度、治療内容や治療期間などを総合考慮すると、原告の損害のうち五〇パーセントは既存症によるものと認めるのが相当である。したがって、本件事故により原告が被った損害は、六九一万〇三九五円となる。
なお、原告の症状が原告の心因的要因によるものであることはこれを認めるに足りる的確な証拠がない。
五 原告の損害額から既払金一四七万七〇八〇円を控除すると、損害額は五四三万三三一五円となる。
六 弁護士費用 五四万円
弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、相当額の報酬を支払う旨を約したことが認められるところ、本件事案の内容、性質、審理の経過及び認容額等に照らすと、原告が本件事故による損害として被告らに対して請求しうる弁護士費用の額は五四万円と認めるのが相当である。
七 そうすると、原告の損害額は五九七万三三一五円となる。
八 結論
以上によれば、原告の本訴請求は主文第一、二項記載の限度で理由があるから認容し(遅延損害金は被告律子及び被告金雄については本件事故の日である平成四年六月一三日から、被告会社については被告金雄に対する判決が確定した日の翌日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員)、その余は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 矢﨑博一)